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2010年12月14日 (火)

ふと、大阪について。

次いつブログ書くかな、と言いつつ、
いきなりすぐ更新する人。
まぁ、文章を書くのがストレス解消にもなるタイプなんで(笑)

というか、なぜ急に書こうと思ったか、というと、
たまたまネットサーフィンをしていて、大阪阿倍野の再開発ニュースを見たから。
特に大好きだった洋食屋さんが、阿倍野筋沿いの仮店舗も閉店して、
いまは阿倍野近鉄のデパ地下に入っていると知って、
悲しくなり、
「あー、むかしのMヨシが懐かしい」
と思い、ネットで探すも当時の写真(特に二階席)が見当たらず、
忘れる前に書き残しておかなきゃと思ったので。

阿倍野の再開発の経緯はよく知らないし、
いいとかわるいとか、そういう話は置いておいて、
でも、子供の頃から親しんできた、
阿倍野の、あの下品で猥雑で、けれど、人懐っこい雰囲気が失われていくのは、
とても悲しい。

子供の頃、阿倍野の歩道橋の上から眺める阿倍野筋の風景がとても好きだった。
左手には阿倍野筋のチンチン電車、右手前方は天王寺公園、後ろには近鉄百貨店。
和歌山育ちの私にとって、それは都会の風景そのものだったし。

生粋の大阪人である母親が里帰りするたび、
帰りがけに阿倍野の近鉄百貨店に寄って、
ヒロタのシュークリームを買ってもらう、それが楽しみだった。
それで、和歌山に帰った次の日の朝ご飯は
蓬莱の豚まんだった。(朝から豚まんて)

少し大きくなってからは阿倍野近辺でご飯を食べに連れて行ってもらえるようになった。
一番印象的なのは、明石焼のT。
生まれて初めて明石焼を食べたお店。
けっしてキレイな店ではなかった。
狭くて、カウンターの後ろの棚には明石焼を載せるための板が
山積みになっていたのを今でも覚えている。
トイレは外にあって、少し薄暗かった。
でも、そういえば、そこで
「お母さんとお父さんが昔一緒に来たんよー」という話を聞いた気がする。

でも、そのTもすっかりキレイになっておしゃれになった。

そして、阿倍野筋からさらに入った路地奥にあったMヨシ。
一階のカウンター席は本当に狭くて、
後ろを人が通るときは椅子を少しひいてあげないといけない、というくらいで。
二階席はチープな作りのテーブルに、
これまたテロテロとしたビニールで出来た安っぽい白地に赤のチェックのテーブルクロス。
でも食べ物はどれも丁寧でおいしかった。
私の頭の大きさくらいあるロールキャベツ。
(ちょっと切り分けるのが難しかった)
あと、なによりも今や狂牛病で消えたけど、セルヴェルのフライ!
コキールとか、あ!メキシカンサラダというローストビーフの切れ端のはいったサラダもおいしかった!
ランチは、たしか800円だったかな?
河合塾の夏期講習のとき、昼休みに友人と食べにいったこともあります。
あの、奥まった店に友人を連れて行くのは、
高校生の私にとって、すごく「鼻高々」なことでした(笑)

けっしてガラのいいとは言えない地域だけど、
でも、生活の匂いが濃厚な場所だった。
だから高校生が昼間ひとりでぶらぶらしていても、
危険なんて微塵も思わなかったし。

京都が大人になった私にとって大切な場所だとしたら、
阿倍野は、子供だった頃の無邪気な私を守ってくれた場所だと思う。
だから、同居人くんが一緒に大阪に行くと、
「あなた、ノビノビしてるなー」と言うんだろう。

ひさしぶりに阿倍野の歩道橋の上でぼんやりしたいと思う今日このごろです。

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