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2010年10月30日 (土)

京都に想う。

うちの大学は来週が学祭ウィークで、お休みです。
そんなわけで、火曜~金曜の三泊四日で京都に行きます。

あー、やっと京都だ。
ほっとする。
というのが正直なところ。

で、朝、お風呂にゆっくり入って、あがってきて、
なんとなくテレビをつけたら、
「さらば八月のうた 青春の終わる日」をやっている。
(我が家のテレビのチャンネルはデフォルトでBShiに合わせれています)
劇団M.O.Pの解散公演までの日々をつづったドキュメンタリーだ。
実はこれ、再放送で、本放送の方はすでに録画していた。
けど、見てはいなかった。
おそらく、一人で見るとものすごく哀しくなるし、切なくなるだろうと
見る前から予想できたから。
なのに、一旦目に入ってしまうともう逸らせなくなり、
一時間半、テレビの前に座ることに。

よく知っている同志社の新町別館(ここは同志社の演劇ホールとサークルボックスがある)や、
芝居人が住んでいるおんぼろのアパートに、鴨川の河原、
今出川通りの風景。
私もよく知っている、それこそ「青春」の風景。

劇団をめぐる物語が紡がれ、最後は京都の府立文化芸術会館での千秋楽。
正直、ちょっと泣いた。
だって、最後のシーン、出町のデルタの飛び石に劇団員たちが座っている夜の風景なんだもん。
NHK、ずるいよ、こんなの京都で大学生活過ごした人間なら、
泣くにきまってるやん。

改めて、M.O.Pって不思議な劇団だなと思う。
もちろん、古くから続いている劇団というのはたくさんある。
ナイロン100℃やキャラメルボックスなんてところはホント老舗になっている。
けれど、M.O.Pは彼らと随分違う。
なんというか、いまだに「学生劇団」の匂いがする。
だからこそ、解散は「青春の終わる日」なんだろうけど。
どうして、そんなふうに感じるのかなぁと思っていたんだけど、
このドキュメンタリーを見て、最後の京都での千秋楽を見てようやくわかった。
「あぁ、”京都”の学生劇団出身だからか」。
M.O.Pは同志社に三つある演劇サークルのうちの一つ「第三劇場」の出身なのだけれど、
今回の千秋楽の客席を見ていると、
おそらくM.O.Pの団員と同じくらいの年齢層(つまり年齢層が高い)の人ばかりで、
それは、おそらく、当時、同じように同志社やその界隈で学生生活をすごし、
しかも、たぶん「友達の友達が演劇やってて、チケット買ってくれない?」みたいなノリで、
芝居を初めて見た人たちなんだろうと思う。
そして、そのまま一緒に年をとってきていて。
つまり、「”京都”の学生劇団」って、とても人との距離が近く、
それはひとえに、京都という独特の学生文化を持つ場所のおかげなんだろうと思う。

考えてみれば、
京都、というのは、私にとって、けっして「歴史ある古都」なんかじゃなく、
学生と正体不明の文化人が多数住んでいる変な街、という位置づけだ。
だいたい、京都の大学に行きたいと思ったのも、
ひとえに、そのよくわからないイメージに魅かれたからだったし。

学生たちのもつ緩い空気、ゆったりとした時間。
ぶらぶらしていることが当たり前のような空間。
そんなところは、やっぱり、京都にしかない気がする。


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