« 京都の朝 | トップページ | 4月4日の晩ごはん »

2010年4月 4日 (日)

福岡に戻りました。

あわただしい二週間の滞在を終えて、同居人くんがイギリスに戻りました。
忙しく引っ越し作業をして、
その合間に、大好きなOさんやTさんを訪れたり、
新しい街を探検して、知らない人たちと出会ったり、
慣れない街にとまどったりしながら、
ほとんど一緒に時間をすごした。
その大半を、笑いながら。

帰りの関西空港で、同居人くんが煙草を吸いながら、
「福岡で面白おかしく暮らしたいなぁ」とつぶやいたとき、
まったくもって、そのとおり、と私も寂しくなる。

しかも、私が帰るのも、慣れ親しんだ京都ではない。
正直言って、福岡は私にとって(そして同居人くんにとっても)
「異国」以外のなにものでもない。
一昨日、Tさんで飲んだときに、
「やっぱり、旅行先としては最適だけど、住むのは、どうかなぁ」という
話をしたんだけれど、
三十を越えた私たちにとって、習慣や食べ物の違い、というのは、
存外に堪える。
そして、なによりも、
この年になって、友達一人、知り合い一人もいない土地に行くということの心細さ。
相談する人も、電話をかける人も、愚痴を言う人も、
誰もいない。
うーん、すがすがしいまでに一人ぼっち。

和歌山を出て、京都の大学に来たときは、どうだったっけ?と
最近よく思い出そうとするんだけど、
やっぱり、アレは、コレとだいぶ違う。
あたりまえだよな(笑)
今週の水曜日に、着任した大学で新入生歓迎会をするんだけれど、
私もそっちにまぜて、と言いたいくらいですよ(笑)

けれど、自分が一人で、心細いという感覚は、
とても不安になるけれど、
同時に、どこかとても、私にとって慣れ親しんだ近しい感覚でもあるような気がする。

そして、私は必ずこういうときに同じ本を読む。

林芙美子の『浮雲』だ。

彼女の文体は、お世辞にも美しいとは言えないけれど(句点の打ち方が独特すぎる)、
私は彼女の小説がとても好きで、
でも、好きな分、ここぞ、というときにしか読まない。

ここぞ、というとき、というのは代表例でいうと、
一人で海外に行くときだ。
これは、絶対に必ず持っていく。しかも、その場合は『浮雲』。

寂しさと、自由と。心細さと、それゆえの飢えと。
「ひとり」ということを描く彼女の筆致は、
とても私のプライベートな部分に触れる。

今回は、あわただしく関西入りしたので、
まったく本を持っていなかったんだけど、
ちょっと読んでみたい新刊本が(私にしては珍しく)あったので、
帰りの新幹線で読むことに。
林芙美子の回想録という形をとったこの本は、
さすがに最近のベストセラー作家さんが手がけているだけあって、
よく出来ていた。

そうこうしていたら、あっというまに博多駅に到着。
相変わらず見慣れない風景。
タクシーに乗って、一人で家に帰る。
あとは、淡々と掃除をして、ご飯を作って、
できるだけ何も考えないように考えないように。

明日から、仕事に追われる日々がはじまる。

« 京都の朝 | トップページ | 4月4日の晩ごはん »

雑記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 京都の朝 | トップページ | 4月4日の晩ごはん »