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2009年10月18日 (日)

名古屋滞在2日目

さて、昨日、「ひつまぶし喰うぜっ」と意気揚々とホテルを10時半に出て、
むかった先は松坂屋本店。
前回、あまりの行列に同居人くんとしっぽを巻いてすごすごと帰った「あつた蓬莱軒」に行こうというもくろみ。
レストラン街は11時オープンなので、それまでに着けばさすがに大丈夫だろうと。

・・・・・・
ところが。
甘かった。到着したのは、11時ぴったりだったのに、
なんで??なんで並んでるの?
目視したかぎりで30人はいる。
え~~、オープン時間ですけど今。

午後からの学会に遅れるわけにはいかないので、
(なおかつ並ぶの嫌いな関西人)
すごすごと松坂屋を出て、近所にもう一軒ある鰻屋さんへ。
ここも食べログなんかで見ると、上位に来る有名店。
まだ11時半にもなっていないのに、ほぼ満席。
でも、どうにか待つことなく滑り込む。
「あ~ビール飲みてぇ」と魅力的なツマミメニューを見つつ、ぐっと我慢。
さくっとひつまぶしを食べて、お仕事へ。

まぁ、それなりに有意義なシンポジウムを終えて、パーティー。
ひたすら懇親にいそしむ(笑)
ここでちょこっと私が古い京町屋に住んでいることが話題になった。
なんか、意外らしい。(見た目とのギャップが大きいそうだ)
で、そこで話したのが、「もうこれも一種のプレイなんですよ」と。
私たちにとって、生活というのは、当り前の日常のなかに営まれるものなどではもうない。
それは必死で作って、形を保つ努力をしないと手に入らないもの。
時折、私はこのブログでも自分の料理を「ベタ」とか「いかにも」というふうに表現するけれど、
そういうふうにわざわざ「作って」、「表現」しないと、
もう私たちにとって、「生活」というのは手に入らない。
日常の延長に、生活があるというのは、一世代前の人々までの感覚なような気がするな。
うまく言えないんだけど。

そういう意味で、当り前の生活というものを手に入れる(すなわちそれを作ることができる能力及び資源がある)ことができるというのも、もはや今の日本ではある種の特権階級なのかもしれない、
なーんていう話を他の先生方とする。

しっかり二次会まで飲んできたけど、
二次会の店で(焼鳥屋さんだったのだが)、やっぱりまたまた味噌アタックを受けて、
げんなり。なんだ、味噌串カツって。
串カツにはソースだろー。しかも、辛ソース!むきー(怒)

というわけで、今日はもう帰ります、京都に。
最後に何食べようかな。きしめんとひつまぶし食べたし、
お気に入りの台湾ラーメンは、さすがに一人で行くのはちょっと・・・
というか、あの匂いをまとって新幹線に乗るのは勇気がいるなぁ(笑)
・・・となると、味噌煮込みうどん?味噌カツ?
う、うーん・・・・・・

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